2012年12月12日水曜日

パンデット・ラヴィ・シャンカール亡くなった!!!

インド音楽を、というより、アジアの文化・芸能を世界に知らしめた功績は大きい!

P・ラヴィ・シャンカールは、インド独立で大きく社会のシステムが変わり伝統が途絶えようとしていた時期に、インド文化の復興に立ち上がった多くの若いミュージシャンや芸術家の一人です。

彼は、元々ヨーロッパ育ちでもあって、西洋社会の事をよく知っていたこともあり、古典音楽の活動以外にも、多様なジャンルとの膨大なコラボレーションでも活躍し、世界中の様々な人達に、インド音楽/アジアの文化を広め、インド音楽を救いました。

そのお陰で、P・ラヴィ・シャンカールは、晩年でさえメディアに頻繁に登場し、インド音楽・文化に関して多くを語ったけれど、一つだけメディアが編集で削除して伝えないので、ほとんど知られてない事を、この際書いてみようと思う。

60〜70年代、ベトナム戦争等によって西洋社会の多く若者がアジアの思想・知恵に傾倒し、それがヒッピーカルチャーとなってブームになっていた時期、P・ラヴィ・シャンカールは、ビートルズなどの有名なロックバンドとの交流なども手伝って、そういった若者達に絶大な人気を得ることになりました、、、

けれど、

P・ラヴィ・シャンカールが、いくらインド音楽・文化、哲学、精神性、構造、伝統などを真剣に訴えても、自分の演奏の目の前で、酒、タバコ、ドラック、セックス、スピリチャル詐欺、、等が絶えない状況に絶望し、インドに帰ってしましました。

でも、その後、

西洋社会では、インド音楽(他のアジアの音楽・芸能も)を、アカデミックも含め、ちゃんと文化として扱うようになり、安直にインド音楽を酒、タバコ、ドラック、セックス、スピリチャル詐欺、、等と結びつけることは、ほとんど無くなりました。今や、インド音楽の特徴でもある細密で幾何学的でフレキシブルな構造を、いろいろな音楽にも応用してたりもします。

片や、

日本も、今年、来日した僕のシタールの師匠の公演も、師匠が絶賛するくらい良い観客が沢山聴きにきてくれたけれど、一部、未だに、P・ラヴィ・シャンカールを大きな挫折に追いやった60〜70年代のイメージしか持ってない西洋カブレに洗脳されたロックオヤジとかいるのは確かで、マジで最悪。。ついでに、P・ラヴィ・シャンカールの多様な活動を嫌い認めないコテコテでカチカチのインド音楽マニアも最悪。

ともあれ、、、

P・ラヴィ・シャンカールは、インド音楽だけではなく、ポップスから現代音楽〜日本の伝統音楽、映画音楽の作曲など多様な芸能活動、チャリティや学校などの社会活動、多くの若手の育成など、、、数えきれないくらいの事を成し遂げた偉大な音楽家でした。

僕がシタール弾いてるのも、P・ラヴィ・シャンカールのお陰です。

さらに、僕は今取り組んです「アジアmeetsアジア」は、すでにP・ラヴィ・シャンカールがやってたりします。


Ravi Shankar - Hozan Yamamoto - Improvisations On Theme Rokudan