2016年2月17日水曜日

「モーシン・アリ・カーン来日5・ウンチクいうな」



「インド音楽とは!」っていうけれど、理屈やウンチクを並べても、さっぱり何が何やら分かってもらった試しはない。

さらにムキになって大語壮語を並べて、もはや音楽の話でも何でもなくなっていく。。。。

大語壮語並べ過ぎて、Facebookやツイッター、さらには飲み屋で、聖者や覚者の様に語っても、当然、暇つぶし以外の意味はない。

どの音楽のそうだが、大体、音楽の根底には「詩を詠む」みたいなのがある。

日本にも地歌とかある。

鐘に恨みは数々ござる
初夜の鐘をつくときは 諸行無常と響くなり
後夜の鐘をつくときは 是生滅法と響くなり
晨朝の響きには生滅滅已入相は寂滅為楽と響けども    
聞いて驚く人もなし 我は後生の雲晴れて    
真如の月を眺め明かさん

乱れし髪の乱るるも つれなきはただ移り気な
ああどうでも男は悪性な 桜さくらと謳われて
いかに袂に分けふたつ つとめさえただうかうかと
ああどうでもおなごは悪性な 東育ちは蓮葉なものぢゃえ

で、、インドは、、

Patta bola Vriksh sey:
'Suno Vriksh vana raeh.
ab ka pat jadah na miley,
dur pad de jaaye.'

葉が木に言う。
森の木よ、聞いてくれ。
葉が枯れてしまえば、
木も萎れてしまう。

Vriksh bola Patta sey:
'Suno Patte meri bhai, 
yeh hi jagat ki reet hai
Ik aaye ik jaaye.

木が葉に言う。
よく聞きなさい。私の友よ。
これが世界のしきたりだ。
一つが去る間に、もう一つが現れる。

Saas saas mey Naam ley, 
bache saas na koyeh,
kyaa jaane phir saas ka,
Aawan hoi na hoye!

息をするたびに、かの名を思いおこす。
どんな時も息に気をとめていなければ、
誰が、次の息を知ろうか。

Aisa baani boliye
man ka paak hoye
apna tan sheetal kare
auron ko sukh dey.

その名を呼べば、
心は清らかになるだろう。
静寂が訪れ
平和と喜びが溢れ出す。

とか、、

こういう詩を、音楽的な節や間、メロディやリズムで立体的にしていくと、なかなかグッときたりする。インド音楽だとラーガやターラという手法を使う。

で、、

寺院のゴスペルの様に詩が強調されてるのもあれば、音楽的な技巧を凝らした方に発展するのもある。


どう考えても、、儚さとか、祈りとか、移ろいとか、そういうのが、まずあって、それから、音楽的な表現も生まれてる、、

インド音楽にしろ、どんな音楽にしろ、大語壮語のウンチクや難しい理論からは、当然、音楽は生まれた試しはない。

「モーシン・アリ・カーン来日公演2016

<レクチャー>
3
22() 代々木:ミューズモード音楽院 本館

<ワークショップ>
4
02() 大塚:マスミ東京(スペースMURO)

<ライブ>
3
23() 代々木:ミューズモード音楽院 本館
3
26() 四谷:曹洞宗 萬亀山 東長寺
3
27() 大磯:エピナール
4
02() 大塚:マスミ東京(スペースMURO)
4
03() 幡ヶ谷:jicca (カレー&スパイス伝道師・渡辺玲氏による本格インド料理付き限定イベント)

<グループ&個人レッスン>
324,25,28,29,31日 401

モーシン・アリ・カーン プロフィール
https://www.youtube.com/watch?v=JUAPEHFGkSQ

昨年のライブ

オフィシャルサイト:

FBページ:

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